Akiyoc
"犬は吠えるがタイトスカート!"
〜Akiyoc セルフライナーノーツ〜
"犬は吠えるがタイトスカート!"というのは僕の口癖?で、正確な意味はよく知らない。
だけど、例えばこのライナーノーツで僕が何回か言っているように(言ってはないけれども)、
"俺という犬は吠えるのだが事務的タイトスカートは全く無頓着に進んでゆく"
という風に考えることもできるし、また同じくらい何回か言っているように、
"犬たちが吠える時にも恐れずに僕たちはタイトスカートを進めていくことにしよう"
という風に考えることもできて、実際に僕は1日の中で犬になった気分になったり
タイトスカートになった気分になったりする訳で、では結局これはどっちでもいい
いい加減な口癖なのだと勝手に決めて、多くのスウェディッシュやフレンチには悪いけど、
この言葉をタイトルにすることにした。
略称はぜひ"タイト"でお願いしたい。"タイスカ"というのは今一つである。
芸術について僕が思うのは、 それはタイトスカートが買い物をするようにアレとコレを買ったから
カゴの中はいっぱいになるというものではなくて、アレもコレも買ったけど結局は向こうから
飛んできた無限大がシュッと忍びこんで圧倒的な魔法をかけて住みついてしまった
どうしましょう、というようなものではないかということだ。
言い古された言い方をすると、作者に全てがわかる訳じゃない。
でもお喋りな作者というのは常にいて、哀れにも自分の作品には及びもつかないみすぼらしいメモ帳の切れはしを
読み上げてしまったりする。僕は過去に何人ものそういう愛すべき作者たちが好きだったんだけど、
今回はどうやら僕の番のようだ。せいぜい堂々とやろう。
まず僕が思っていたのは、バンドはどうしても散らばっていってしまう、ということだ。そのことが冷静に見れば少々効率の悪い熱機関である僕らとかその集まりである世の中とどういう関係があって、
その中で僕らはどうやって体温を保っていったらいいのか?(このへんの下りは暇な人には考えてもらってもいいけど、
暇じゃない人にはどうか読み流してもらいたい。 こんなライナーノーツは全く、僕が好きな蛇足というやつに過ぎない。)
またある点で物事の性質がパリッと音をたてて変わるというのはどういうことなのか?いったい?
それにもの凄くスピードの違うものがあるということは? などなど悩み盛りの青年らしく様々考えていたりする一方、
それにしてもsigenoliusはうざったそうに鏡を見てるし、パルスでカフェれば楽しいし、夜更けにリズムやメロディーはほんとに心に突き刺さる。
しかもそういうことと前に述べたようなこととは全く無関係ではないらしい。一体どういうことなんだ?
ある友達の男の子が出来たばかりのタイトスカートのMP3を聴いて、何かテクノっぽいねと言った。
その時僕は即座に言わなくてもいい軽口の2つ3つをたれ流してその場をごまかしたんだけど、
本当はその子をぎゅーっと抱きしめてしまいたかった。どうかこのMP3が愛と自由と希望と夢の音源でありますように。
そしてこのサイトを見た中で最も忙しい人でも、どうか2分半だけ時間をつくってくれて、歌詞カードはないけれども、"Goodbye"を聴いてくれますように。
ついでに時代や芸術の種類を問わず、信頼をもって会いに来た人にいきなりビンタを食らわしたり皮肉を言って悦に入るような作品たちに、
この世のありったけの不幸が降り注ぎますように。 しつこいけど、こんな風に書き連ねているざれ言は、
本当にただのデタラメなる僕の無駄口にすぎない。よくお菓子を買うとついてくる携帯ストラップやなんかのオマケと一緒である。
この風変わりなオマケをしめくくる前に唯一言うべきことがあるとすれば、タイトスカートに関わってくれた人達への感謝だと思う。
特にイカキョウで演奏をしてくれる人達には、巨大かつ不気味なキスと共に捧げたい。どうも有難う。
誰もが知っていることだけど、
夜が明ける朝は必ず来る。もし、朝が来て眩しすぎて嫌になってしまったら、それでもしその日休むことができたら(できなくたって)、
夕方まで寝てしまってから起きて、また寝るか、お酒でも飲むことにしよう。僕がタイトスカートとして望むのは、
車の中や部屋の中やお店の中で、小さな音ででもいいから何回かかけられることだ。歌詞なんかうろ覚えのままで口ずさんでもらったりすることだ。
タイトスカートは進むし、時間だって進んでいく。いつか近くで僕がライブをやることがあったら、来て一緒に歌ったり、踊ったり、恋をして欲しいと思う。
Mr.sweden アキヨック
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